東日本大震災の不明男性は何故滋賀に居た?記憶喪失やその経緯は?

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みなさんこんにちは!ごく普通の会社員です!

衝撃的なニュースが入ってきました!あの東日本大震災で行方不明とされていた男性が滋賀で見つかったとの事です。

7年前の3月11日に起こった東日本大震災ではマグニチュード9の大地震が東北を襲い多くの方が不幸になってしまいました。

東日本大震災はその規模から東北のみならず、首都東京にも甚大な被害をもたらしました。

今回そんな東日本大震災で不明になったといわれる男性が滋賀県で見つかったとの話です。

大多数の人が思うのは、何故滋賀で見つかったの!?って事だと思います。

私も気になったので、調べてみました!題して東日本大震災の不明男性は何故滋賀に居た?記憶喪失やその経緯は?です!

それでは早速本題に入っていきましょう!


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東日本大震災の不明男性が滋賀で見つかった!?

東日本大震災で行方不明になったと家族が宮城県警に届け出ていた同県石巻市出身の48歳男性が、生存していたことが13日、分かった。滋賀県に居住していたとみられる。共同通信が報じた。

男性が滋賀県の市町村窓口で、生活保護の申請をしたことをきっかけに判明。連絡を受けた家族が、本人と確認したという。

これを受け、東日本大震災による行方不明者数は1人減り、2536人となった。

共同通信

東日本大震災で不明になった人数がこの男性を含め2537人居たという事が既に衝撃なんですが、そもそも東日本大震災でそれだけ大きい被害があったんだと改めて思います。

今回見つかった男性は震災から7年越しに家族と再会出来たという事で、ドラマのような話なんですが、生活保護の申請をきっかけに再会できたという事です。

反対に言えば、生活保護の申請をしなければ一生再開できなかった可能性もあるわけで、本当に奇跡なんだなーって思いますね。

東日本大震災で行方不明になっていた男性は何故滋賀に居た?

これは大多数の人が気になる事だと思います。

東日本大震災の被災地は主に東北ですから、滋賀県までは数百キロあります。

なのに関わらず、何故滋賀で見つかったのでしょうか。

私なりに3つの仮説を考えてみました。

行方不明の男性が波に流され記憶喪失になっていた説

これは私のドラマや映画の見すぎでしょうか。

岩手県や宮城県に住んでいた男性は、震災当日津波にさらわれました。

しかし運よく浮遊物に捕まる事ができ、それに捕まっているうちに、関西方面に漂流。

関西に上陸しそのまま滋賀県で生活を始めた。

いやーーなかなか無理くり過ぎますかね。

行方不明男性の家族が見つからず故郷を離れた説

東日本大震災では多くの人が混乱し、人ひとり生きるのに必死でした。

そんな中、行方不明の男性は被災し、家族も被災。

1か月たっても2か月たっても家族を見つけることが出来ず、行方不明の男性は最悪の事態を想像します。

その後日がたってトラウマが残る故郷を捨て、遠く離れた滋賀で生活を始めた。

しかし台風21号により生活が困難になり、生活保護の申請をして家族と再会できた。

行方不明の男性が引っ越したことを内緒にしていた

行方不明の男性は実は震災前に家族に知らせている住所とは別の住所に引っ越しをしていました。

震災が起こるまでは普通に生活できていましたが、震災で被災してしまい遠く離れた滋賀県へ。

家族は伝えられている住所を頼りに行きましたが、家は流されており本人とも連絡が取れないため行方不明とした。

ネットの声は?

まとめ

東日本大震災の不明男性は何故滋賀に居た?記憶喪失やその経緯は?と題し書いてきましたがいかがでしたでしょうか!

東日本大震災から7年たちますが、今でも2500人強の人が行方不明になっているといるという事で、その被害の大きさを改めて感じます。

今回見つかった行方不明の男性の経緯は不明ですが、なにはともあれ家族と再開できてよかったのではないでしょうか。

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